成績の上がりやすいご家庭、上がりにくいご家庭

どうも、あぶどぅるです。
生徒の一人が公開模試で一気に成績を上げてきて、とても上機嫌なこの頃です。
(具体的には4科目合計で、50台前半⇒65。目標校のR4圏内にも入ってとりあえず一安心というところです。安心しちゃだめなのですが)

成績の上がりやすいご家庭、上がりにくいご家庭

さて、今回ちょっと上記のご家庭を例に、「こんなご家庭は割と成績が上がりやすいよ」「こんなご家庭は割と苦労するよ」ってとこを書いてみようと思います。

成績の上がりやすいのは、ちゃんと素振りしてくれるご家庭

結論から言うと、成績の上がりやすいご家庭は「スケジュールなりやるべきことを把握している」「ご子息/ご息女をしっかりコントロールできている」。この点につきると思います。

上記の成績の上がったご家庭の例ですが

==============
・日能研通塾
・お母様がスケジュール/日能研のカリキュラムを把握
・ただし、内容面までは理解できず、指導は無理
==============

ということで、内容までは理解されていないまでも、学習の量やスケジュールについては、お母さまがしっかり手綱を握ってらっしゃったんですよね。これが大きいと思います。

家庭教師は、やはりメインのところは野球でいうところの「フォーム修正」なんですよね。正しい知識、解法を身に付ける。少し一緒にやってみて「そのあとのトレーニングの仕方」を確認するところ。

逆に言うと、家庭教師と一緒にいる時だけ勉強するのでは意味が無くて、「家庭教師と一緒に身に付けたフォームで素振りを繰り返す」ことが必要なんですよね。こちらが無いと、どうしても家庭教師が行くたびに元のフォームに戻ってしまっている・・・ということになります。それではあまり意味はありません。

そういう意味で、「ちゃんと素振りしているかな」っていうののトレーナーみたいな役割は親御様が担われるのがやはり効率は良いのかなと考えています。もちろん、中学生~高校生にもなれば、自分自身がそこを担うということになるでしょう。

成績の上がりにくい家庭の場合、どうしよう

確かに、「そこも合わせて家庭教師にお願いを・・・」をいうこともあります。

ただやはり「家庭教師がいない時しか勉強しない」という癖がついてしまと、ひいては「学習」というものに対して受け身な姿勢が定着してしまうので、その先の人生とかを考えても、あまりお勧めはしていません。
どう考えてもその子のためになると思えませんし、僕的にも効率の良いものではありませんし。

ぶっちゃけた話、学校の補習とかであれば、「僕と一緒の時間だけ勉強する」でもいけなくはないんですけどね。週3くらい行くのであれば。ただ、あまり好きではないですし、おすすめはしておらず、なるべくそのような状況からの脱却を目指しますね。

ですので、上記のような場合の私のやり方としては、親御様・生徒様自身・塾の自習室等を利用しつつ兎に角「私と一緒にやったことを再度やり直す場を設ける」ようにはしています。「あくまで、僕は学習内容や勉強のやり方を教えることはできても、勉強時間ずっと一緒にいるわけじゃないよ」ということを前提に体制を築きにいくというか。場合によっては、親御様に指示を出してマネジメントをお願いしうることもありますね。

とはいえ、最終的には

まあ、どこまでアウトソーシングするかはご家庭の考え方次第だと思うので、どちらもありだとは思います。
ただいずれにしても、もしご家庭が家庭教師を頼んだり、塾に行かせたりする場合は

「①そもそも学習内容として何をすべきか、どうやってすべきかを教わる」
「②教わったことを身に付けるためトレーニングする」

という2つのことをする必要があることを認識された上で、各々をどのようにアウトソーシングする(もしくはご家庭内で行う)かを考えるのが良いかと思います。

 最後までご覧いただき、ありがとうございました。

「点数を取る能力」のボトルネック

「点数を取る能力」を分解してみて思うこと

上記記事の続きで。

で、どこを鍛えましょうかって話ですが。
いや、勿論「結局は全部必要だね」なんですけどね。

ただ、個人的に言いたいのは「問題のインプットとアウトプット(①④)の訓練もしようぜ」です。

個人的には、塾の指導とかは「②③」の「思考力・知識」面が、とても重要視されてるとは感じてるんですよね。

ただ、特に小学生(中学受験)だと、実際は上記①④で躓いてる、というかボトルネックになっているケースが多いと感じています。特に初〜中レベルの子だと。

得点力 = 地力 (②③)× 地力通り点を取れる率(①④)

みたいに捉えると、後半の「地力通り点を取れる率」が10割近い子ってそうはいないんですよね。

ぶっちゃけた話、そこが10割近くて、「本当に地力で競争してる」っての自体が、かなりとハイレベルの話だと思っています。

勿論、①④を無視して、ミスするのは織り込み済みで、地力でゴリ押し、という方法も無いでは無いですが。
イメージとしては、野球で言うと「エラーと四球で失点しまくっても、それ以上に打てばよかろう」みたいな感じですかね。

ただ、個人的にはやはり勿体無いんじゃないかなーとは思ってます。
「地力を上げる」のと並行して、「地力通りの結果を出す」練習もしないとなーと。

まぁ結論を端的に言うと

「問題を読み飛ばさず、落ち着いて情報を拾う」ことを促すだけで、とりあえず成績はポンと上がる時が多いっすよ。

というところですね。

もちろん、それも習慣付けは必要ですけどね。
とはいえ、トレーニングするときに認識しておくことは、上達の近道ではあるんじゃないかな、と。そう思う次第です(=ω=)

「点数を取る能力」を分解してみて思うこと

あぶどぅるです。
Twitterで、

「勉強は暗記じゃねーよ。
国語は一定時間内に文章を理解して、質問に答えるトレーニングなんだよ。」

というものを見たので、ふと前々から考えてたことをまとめてみます。

上記、仰ってる通りだと思うんですよね。
というか国語以外も全体的に基礎教養って大抵そうだと思うんですよ。

結局汎化すると、科目に関わらず

①与えられた情報を適切にインプットし

②元々持っているべき知識を追加し

③①②の情報を加工し

④加工したものをアウトプットする

能力になるのかなーと。
①〜④の比率は、科目や範囲によって違いますけどね。

点数を取れない、問題が解けないってのの原因を考えるには、上記のようなフレームワークをイメージしてみるのも良いかな、と思う次第です(=ω=)

2018年現状報告~あぶどぅる、会社辞めるってよ~

 こんにちは、あぶどぅるです。年一回の投稿になりつつ、一応は廃棄せずにキープはしているこのブログ。ということで、思い出したかのように、近況報告という形で、1年半ぶりの投稿をしてみたいと思います。

会社辞めました

 とりあえず、大きな進歩。社畜やめました。まあ、色々と葛藤はあったのですが、結局のところはシンプルに「したいことして生きないと損かな」と思った次第です。

 仕事について「金を稼ぐ手段として嫌なことでも割り切ってやる」のではなく、「自分が楽しいと思うことを極めて仕事にしていきたい」と思い、そちらに時間と力を全振りすることにしました。

家庭教師を本業にすることにしました。

 で、何していくかという話ですが。コンサルでもエンジニアでもなく、自分が14年間続けてきた「家庭教師」という道で生きていこうと考えました。

 やっぱ、自分は人の相談に乗って、お手伝いするのが好きなんだなーと。で、その中でもコンサルとして経営の支援をするより、子どもの成長に携わっていくのが一番性に会っていると感じました。会社員やりながらも、14年間途切れず苦も無く続いたことがその証左でもあるんでしょうね。

 また同じ教育系の支援としても、講師や集団授業系とも違い、一人ひとり、1家庭1家庭の環境や性格、得意不得意を把握しながら、オーダーメイド型で支援プランを作るのが好きなんですよね。「自分が関わった人間は須く幸せになってほしい」という難儀で融通の利かない性格故、多数相手の指導などよりは、相手の顔が良く見える形でやっていきたいなと思いました。

 家庭教師といっても勉強を教えるだけでなく、上記のように、学習環境作りや習慣付け、進路相談など、子どもの成長に関わるお手伝いは何でもしていきたいとは考えています。総合的なアドバイザー的な。というより自分としては、それが「家庭教師」の本分なんじゃないかなーと思っています。

で、現状どーよ

 一応、各方面に営業したり紹介頂いたりして、現状のべ17人/週の生徒様に巡り合い、一緒に頑張っていくことと相成りました。ありがたいことですね。一応、収入面でも会社員の時の値を基準として、ある程度の目途は立ちました。

 とりあえず現時点では、時間的にそこそこパンパンなので、今年度(来年の2月くらいまで)は営業活動はストップですかね。今みているこの子達の学習支援に集中するのかな、と思っています。

 あ、来年度以降のご予約はいつでも受け付けてますよ。体験授業もいつでもやります(=ω=)

具体的に何を教えてるの?

 指導内容は、今は以下のような感じです。

 ・小学生⇒中学受験生を中心に、算数、国語、理科、社会の4科目。
      請われれば英語・プログラミング教育なども。
      算数・国語・理科は国内レベルの中学受験なら全対応します。社会は、日能研偏差値で60位までなら対応します。

 ・中学生~高校生⇒学校の補修・大学受験を中心に。数学、理科(物・化)、英語、国語(現国・古文・漢文)。
      数学・国語・理科(物・化)は国内レベルの受験なら対応します。英語は、偏差値で65位までなら。
      センター試験・二次試験問わず対応します(まあセンター試験は、もうすぐ改定ですが)

 ・その他⇒社会人向けに、就職、転職時のSPI指導など。あと、情報処理試験の勉強の手伝いとかもできます(応用情報までなら)

このブログの立ち位置的にはどうするよ?

 いままでとちょっと方向を変え。学習支援系の内容が中心になるかと思います。
 ただ「こんな問題解いてみた」と答案を乗せても仕方ない(みんなやってるし。そういう情報は溢れてる)と思うので、

 ・ちょっと抽象的な、勉強環境作りや指導の考え方、ノウハウについての情報発信
 ・具体的な学習内容においての、間違い「あるある」(アンチパターン)

などを書き綴っていければと考えています。

まあ、もし何か思いつけば追加していくかもですが。
いずれにしても、有益なコンテンツにしていきたいなーとは思っています。

どうぞ、ご愛顧のほど、宜しくお願い致します。

 以上、簡単ではありますが、現状報告まで。
 最後までご覧いただき、ありがとうございました。

家庭教師の延長で、集団授業やってきました!!

こんにちは。あぶどぅるです。

というわけで、この間行った、家庭教師の集団授業(4名)について少し感想を書いてみようと思います。

集団授業と個人家庭教師、何が異なるのか

一番は「何を伝えるべきか」の個別性

やはり、ここですね。

前から、「家庭教師の役割は個々の現在地を見極めること」と書いてきましたが、その地点が個別に違うんですよね。

誰かに合わせると、どうしても「誰かにとっては不要なこと」「誰かにとっては難しすぎること」となります。

なので、やはり「家庭教師」の延長として個々を見ながら「個別指導×人数」をできる範囲が限界かなと思いました。

それ以上になると、「この内容を全員に伝えるんだ(ついてこれない人は放置、簡単すぎる人もスルー)」と割り切るしかないのかな、と。それはそれで1対Nの集団授業としては必要だとは思うんですけどね。

結論としては悪くなかったかなと

何とか個別指導×4で乗り切りました

今回は、コンテンツは用意しつつ、生徒ごとに進捗を見て、「全員ついてこれるように」を主眼にチャレンジしてみました。

結論、一回の授業として少しは何かを各生徒に残せたのではないかと思います。

やはり、同時に見れるのは、(ある程度コンテンツが同じ部分だったとしても)4~5人が限界かなーと思いました。

それ以上になると、生徒個々の癖や得意不得意、理解度を把握しきれなくなりますね。

ま、自分としてもいい経験になりました。

「自分はやっぱり中長期で少数人数を育てていくのが得意だなー」というのはありつつ、たまにはこういうのもいいですね。

というわけで、本日はこのへんで。
 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
ではでは。

あぶどぅる

生徒や後輩がOutputできない時、本当に「Output」力が弱いのだろうか?

こんにちは。あぶどぅるです。

なんか、突然滝のような雨が降ったりと、おかしな天気ですね。

さて、本日は久しぶりに家庭教師関係の記事を書いてみたいと思います。
ただ、子どもだけでなく、何かを学ぶ(教える)ことに共通の内容化とは思います。

人が問題解決をする時、どのようなプロセスで行うか

 家庭教師のサイト等で、「親が言っても聞いてくれない」と書いてあることがままあります。
 ここで言う「聞けない」とは「言ったとおりの行動をとってくれない」という意味で、「聞く」と書いてあるのはあくまで言葉のアヤかと思いますが。

 実際のところ、「先生の言うことを聞いてない」とっかで言うのは本当に「聞いてない」のでしょうか?「聞いてるけど、スルーしている」「聞いて理解もしてるけど、自分の言葉で表現できていない」のではないでしょうか?

人の行動プロセスは「Input」「Process」「Output」の3つ

 以前にも書いた通り、人の行動プロセスは「Input」「Process」「Output」の3つに分けられます。

 各々、こんな感じですね。

  「Input」:情報を仕入れる。見る、聞く、など
  「Process」:仕入れた情報を加工する。「考える」とも言いますね。
  「Output」:考えた内容を出す。書いたり、口で説明したり、など

どのプロセスを改善すべきか

どこに問題があるか特定するのが肝要

 で。人の行動を見て課題を探すときは、このどこに問題があるかを注意して見極めることが大切です。
 算数の問題なら、

  ・文章題で、問題の意味を理解していない
  ・そもそも、知識が足りていない
   ⇒Inputの問題

  ・問題の意味は分かっているし、知識・経験はあるが、上手く組み合わせて解法を導けない
   ⇒Processの問題

  ・解法は思いついているが、うまく説明できない
  ・計算間違いをする
   ⇒Outputの問題

 という感じですね。
 ※計算間違いは、ProcessかOutputか微妙な線ですが、私は「自分の出力に自分が騙されるOutputの問題」と思っています。

 で、当然、どこに問題があるかによって、指導の内容も変わってきます。

特定するには、密なコミュニケーションが必要

 そして、この「どこに問題があるか」、非常にわかりづらいです。

 例えば、次は社会人の例で

  「この資料を3部印刷しといてね」と言ったのに30部印刷してきた

 といったケースがあります。この場合、

 ①Inputに問題があった(指示を受けた時点で30部と思い込んでいた)
 ②Processに問題があった(3部と指示されたが、多めにと思って30部印刷した)
 ③Outputに問題があった(3部印刷するつもりが、操作ミスで30部印刷してしまった)

 と、どのパターンもあり得ます。

 ですので、何か問題があった/生徒が問題を解けなかった時に、そこに課題があるのかを見極めるには、非常に密なコミュニケーションが必要です。

 上記の①~③の実際はどれだったのか、本人と信頼関係を築いた上で突き止める必要があります(責めるような口調になった時点で、まともなコミュニケーションは不可能ですしね)。

特に「Output」に注意

 よく仕事では、Outputが重要と言われます。それはその通りで、最終的にはOutputが必要です。ただ、ここで「Outputが悪い」からといって「Output力が弱い」かというとそうとは限りません。

 正確に分析すれば、最終的なOutputにたどり着くまでに、Input/Processの2つがあることをわすれてはいけません。

 Inputが弱いなら、「問題を読んだ段階で、問題の意味を確認してみる」
 Processが弱いなら、「解答を書く前に、口で説明させてみる」
 Outputが弱いなら、「教師が口で説明した内容を、整理だけして書かせてみる」

など、鍛え方も変わってきます。

最後に

まずは、3分割して注視してみよう

 会社の後輩でも、家庭教師の生徒でも、ご自身の子供でも。

 いろいろ書きましたが、まずは

  「Input」「Process」「Output」のどこに問題があるのかな?

 というのを掴むところから指導は始まるんじゃないかなと思っています。
 がむしゃらに最終Outputだけを追っても、成長に繋がり辛いことが多いので・・・。

では、本日はこのへんで。
 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

あぶどぅる

家庭教師は、いつ、どういう時に依頼すべきか?

 おはようございます、あぶどぅるです。
 もう今年も半分が終わろうとしていますが、みなさん如何お過ごしでしょうか。

 私は、ブログ始めたのもありますが、色々と仕事に変化があったり、バンドも新規バンドを立ち上げたりと、中々激動の半年だったなーと思います。

 ただまあ、動きが激しいのは私の生活の常なので、「それも面白かろう」くらいの余裕を持って、一つ一つやっていければなーとは思っています。

 さて、本題。割と昔から持論として拘りを持ってるテーマについて。

どのような時に家庭教師を依頼すべきか

 コンサルタント業の方でも同じなのですが。「どんな時に家庭教師を依頼すべきか」というそもそも論を相談されることがちょいちょいあります。というか、こないだ相談されました。
 それはそうですよね。家庭教師への依頼や入塾タイミングとか、はっきりと自信を持っている人の方が少ないと思います。

 で、逆に。タイミングが違うと家庭教師側からも「その状況で依頼されても、何がしたいんだ・・・」というケースもあります。なので、本日はその辺について書いていこうと思います。

親御さんが「課題」の存在を認識したとき

 結論から書くと、「親御さんが『課題』の存在を認識したとき」です。これに尽きます。

 では、「課題」というのは何か。以下の記事でも書きましたが、「あるべき姿と現状との乖離」です。

「業務改善/業務効率化」を行うための2つのポイントとは?

 なので、「あるべき姿」が明確になっていないと「課題」もはっきり明文化できません。例えば

  • 東大に行きたい(あるべき姿)が、現在偏差値が10足りないのでそれを上げたい
  • 学校で平均の位置には居たい(あるべき姿)が、今は下位である

などですね。「どうなりたいけど・・・」の部分がないと、対策の練りようもないです。

「課題」は具体化/明確化されて無くても良い

 ただ、その「あるべき姿」や「課題」は具体化はさほどされていなくてもよいと思っています。というより、その具体化を手伝うのも家庭教師の役割だと思っています。

 例えば

  • なるべく大学受験時に選択肢を持ってる状態にしたい(あるべき姿)が、どうすればよいか
  • 子どもに勉強させようとすると親御さんと喧嘩になる。喧嘩せず(あるべき姿)勉強してくれるようになってほしい

 レベルでも良いのかなと思っています。で、

 なるべく大学受験時に選択肢を持ってる状態にしたい(あるべき姿)が、どうすればよいか
 ⇒大体これくらいの成績を持っていれば、進路には困らない
 ⇒だから、いまの学校ではこのくらいの位置を目指すのが良い
 ⇒そのためには、この科目をしっかりやるべき

という風に、「課題」「その解決策」の具体化をお手伝いすることができます。(ちなみに、そういうのは大好きです。一応、本業はコンサルなのでw)

 いずれにしても、具体的/抽象的に関わらず「課題認識(=理想像と現状の乖離)」があるタイミングが、頼り時(家庭教師/塾/学校に関わらず)かと思います。

 もちろん、相談の結果、「この解決策は、家庭教師じゃなくて塾の方が良いですね」となることもありますしね。

逆にやってはいけない家庭教師への依頼は?

 逆に、「こういう依頼をもらうと困る」っていうのもあります。一言で言うと「投げっ放し」ってやつですね。

「とりあえず家庭教師つければ今より良くなるでしょ?」はNG

 上記のような「課題認識」無しで、「今の時点で課題は無いが、とりあえず周りのみんなが家庭教師をつけてるからお願いします」ってやつですね。こいつはきつい。

 家庭教師・・・というか家庭の外部の人間の役割は基本的に「課題」の明確化やその解決策を考えることになると思っています。
 逆に「あるべき姿」を決めるのは担当外だと思っています、

 もちろん、「あるべき姿」がもやっとしている状態で、その明確化のお手伝いをすることはできます。というか、そういうのは大好きです。「なんかどこを目指せばよいかわからないが、何となく不安である」状態で相談されることは是非是非という感じです。

 ただ、その状況ではすべきことは「子どもにどのような教育を施すか」を考えることではなく、それより先に「子どもをどのような方向にもっていきたいか」を明確にするところです。
 「あるべき姿」をどうするか。その決断は親御さん/ご本人しかできないと思っています。極端な話、

  • うちの子を、野球選手にすべきでしょうか、科学者にすべきでしょうか

 といわれても、「申し訳ないが、それは僕が決められる話じゃないっすね」となっちゃいます。

 まあ、野球選手/科学者になるメリット/デメリットをリサーチして比較する・・・といったお手伝いことはできます。ただ、「最終的にどっちを目指すか」は僕が決めて良いことじゃないと思っています。

 なので、抽象的でも、もやっとでもよいので「あるべき姿」が頭の中にあり、「課題(現状とあるべき姿の乖離)」を認識したタイミングで、誰かに相談するのが良いかと思います。

「目的地」を決めるのは自分自身&親御さん)

 この辺の記事でも書きましたが、家庭教師の本質的な役割は「現在地認識」「目的地への行き方」のサポートだと思っています。

家庭教師の選び方①~塾と家庭教師、本質的な違いとは?~

 カーナビでも「目的地はどこですか?」「どこでしょうねえ?」だとどうしようもないですよね。

 たとえ言語化できていない/現時点で不明瞭でも「目的地を決めるのは、ご家庭自身だ」ということを認識され、投げっ放しにしないこと。これが、家庭教師(というか外部の人/組織)に上手く相談するコツなんじゃないかと思います。

 

では、本日はこのへんで。
今週も気合い入れて頑張りましょう!!

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

あぶどぅる

面倒屋でじっくり考える事を避ける子に「考える」癖をつけてもらうには?

 こんにちは、あぶどぅるです。
 最近はコンサル系の記事が多くなっていましたが、相変わらず家庭教師もやってます。

 よく、ビジネス書とかで「自分のサービスの領域は絞るべき」というアドバイスを見るのですが、自分の中では、「経営コンサルティング」「家庭教師」「研修講師(対個人)」って基本的に同じカテゴライズなんですよね。

 まあ結局、相手の成長のお手伝いをするのが好きなんだと思います。その対象が、「法人」か「子ども」か「若手ビジネスマン」の違いだけで、本質的には同じなんじゃないかなーと。

 さて、本題。

面倒屋でじっくり考える事を避ける子に「考える」癖をつけてもらうには?

 家庭教師サイトで、メールベースでこんなご相談を頂いたため、書いてみたいと思います。
 「粘り強く考える子になってもらうには?」ということでした。

 以前、「子供が、自分で考える力をつけるには」というテーマで記事を書いたことがありましたが、その一歩手前のイメージですね。「考える力の鍛え方」の前に「まず考えるという行動をとってもらうには」という意味で。

子どもが「自分で考える力」をつけるためのコミュニケーションとは?

子どもにとって考えることが「メリット」であるような環境を作りましょう

 まず、「考える」という行動に至るか否かの要因について、整理してみましょう。

 以前、別の記事で、「人間、メリットがありデメリットの小さい行動を取るよ」といったことを書きました。

 では、それを踏まえたうえで、親御様や学校、塾、家庭教師の先生など、周りの人には何ができるでしょう。
 子どもにとって「自分で考える」ことが「メリットのある行動」「デメリットのない行動」となるような環境になるには、大人側はどう行動すればよいでしょうか。

 具体的にはポイントは2つだと思っています。

ポイント①「先生が焦らず、問いかけ、待つ」

 主には、「考えることがメリットとなる行動である」と思ってもらうアプローチですね。

 「『わからない』っていえば、答えを教えてもらえる」というような癖がつかないよう、教える側も粘り強く構えることかと考えます。
 ※まあ、家庭教師は「教える」というより「導く」というイメージなので「教える」という単語もさほど好きではないのですが・・・。

 特に、焦ると「先生が解いて見せて終わり」となりがちです。しかし、これをやってしまうと「あ、考えずに答えを言ってしまうのが一番メリットのある行動だ」と生徒は認識してしまいます。
 ですので、厳しい言い方をすると「考えるまで終わらない」という形で、じっくり生徒が考える姿勢になるまで問いかけ続けることが必要かと考えます。

ポイント②「少しでも自身で考えて出した時にしっかり評価する」

 こちらは、「考えることがメリットとなる行動である」「デメリットのない行動である」の両方ですね。

 とにかく「自身で考え、アウトプット」した際に、しっかりと評価する(ほめる)ことが大切だと考えます。「間違ったことを言ったら、恥ずかしい/怒られる」という考えを除去して、「自分で考えることにデメリットはないんだよ」と体に染みつけてもらいます。

 もちろん、誤りは軌道修正する必要はありますが、その前にまず「なるほどね」「おお、やるね」といった言葉から入るコミュニケーションにより、「自身で考えたこと」を肯定してあげるのが良いかと思います。

「癖」をつけるのに焦りは禁物

まあ、いずれにしても、日々のコミュニケーションレベルで行うのが良いのかなと思っています。「考え方の癖」って、一朝一夕では体にインストールされないものですので。

何事も、子どもに「教える」よりは、子どもに対し「質問する」という姿勢が、「自分で考える癖」の習得に繋がるのではないか、と考えています。

 

では、本日はこのへんで。
今週もあと一日頑張りましょう。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

あぶどぅる

「開き直り」と「反省」の違いとは?

 こんにちは。今日は非常にお気に入りのお店でランチしてきました。あぶどぅるです。
 六本木の「ブラッセリー・ヴァトゥ」というお店なのですが、魚料理・パンともに非常においしくて
ランチは1000円。お勧めです。ちなみに、パンはお代わり可能です。

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 ブラッセリー・ヴァトゥ
 http://tabelog.com/tokyo/A1307/A130701/13007740/

 近くに行かれた際には是非♪

「自分で何とかできるよようになる」にはどうすればいいんだろう?

 さて、本題。

何かを人のせいにしてイラっとするのは違うかなーって

 先日、ツイッターでこんな書き込みが回ってきました。

”他人にイラってしてしまうのは、他人に求めすぎてるから。思い通りにいかないからついイラってなってしまう。自分の思い通りにいかないのは、実は自分自身が思い通りに生きることができていないから。思い通りの自分を違う誰かに求めることはしないこと。”

 これ、基本「その通りだなー」と思います。

 だれかに期待したり、信頼したりするのは良いと思うのですが。

 ただ、それが思い通りにいかなかった場合は、「期待した自分」を反省したり、という形で「自分がどうできたか」を感がるのが、気持ち的には再発防止の観点でも良いんじゃないかと思います。

 結局、人のことはコントロールできないですからね。もちろん、「イラッとする」のとは別に、その人に対して「指導する」や「注意する」のは良いと思いますよ?

「自分はどうせ」って考えるのはもはや「自責」ではない

 で、ここからが本当の本題。

 たまに、「人のせい」にはしないものの

 「自分はどうせダメだから仕方ないね」

と自虐・諦めに入っている人がいると思っています。開き直りとも言いますかね。これは、本質的にはもはや「他責」にしてしまっていて、次には繋がらないんじゃないかと思っています。

 「自責」か「他責」かの本質的な違いって、「自分でコントロール可能なことか否か」だと思うんですよ。

 そういう意味で「自分はどうせダメだから」というのは、自分を第三者視点から「コントロールできないもの」として捉えており、そういう意味で「他責」とほぼ同義なんじゃないかと思います。

 自分で対応可能だったとするのであれば、「反省」であり次へつながると思うのですが、「自分はXXだからどうしようもなかったね」という開き直りは、「次に同じようになってもどうしようもないね」と言ってるのと同じですからね。

結局、「次に良い結果をもたらす」ことが目的

 何か問題が起きた時に原因を考えるのって、結局、「次に良い結果をもたらす」ことが目的なんだと思っています。

 そのためには、原因を「自分のコントローラブルな範囲」に見出し、修正することが大切かな、と。そんな風に思います。

 

では、本日はこのへんで。今週も頑張りましょう。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

あぶどぅる